チームラボ代表、猪子寿之さんの言葉は、ぼくの心の奥深くに刻みこまれ、このメディアに今もなお息づいている。

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別府 大河
デンマーク留学中、本メディアを立ち上げ、英語を駆使して独自の世界観から取材し、発信を開始。帰国した現在はプロデューサー/編集長として運営する。執筆家「四角大輔」、ライフスタイルブランド「yoggy inc.」のプロデュースの他、コピーライターやWebディレクターなどクリエイティブ領域で活動。
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ぼくは現在、一橋大学4年生。2014年8月末、3年生の中盤に北欧デンマークに渡り、1年間の留学生活が始まった。
初めての留学と海外での一人暮らし。英語で資料を読み、いろんな国の人と議論して、授業が終わったら自転車で寄り道しながら帰宅。週末は友達とホームパーティーしたり、街に繰り出してお酒を飲み明かす日々。最初の数ヶ月は新しいことが多く、留学生活はそれなりに刺激的だった。
なのに、留学生活の後半戦の開始を目前に控えて、いつもなら湧いてくるあのワクワク感がない。大学外で一番の楽しみだった、地元のサッカーチームも突如経営難で消滅してしまった。せっかくこんなところまで来たのに……
そんな時、いつも相談に乗ってもらうのが、ぼくが「アニキ」と慕う、元音楽プロデューサーの四角大輔さん(以下、大輔さん)だ。留学に来て2ヶ月経った頃、さみしさに耐えきれず帰国しようとするぼくを止めてくれたのも大輔さんだった。今感じる自分の心に溜まっているモヤモヤを打ち明けると、「うんうん」とやさしく聞いてくれた。すると、ふと一言、
「それでさ、タイガは何がやりたいの?」
思わぬ質問に頭が真っ白になって、ぼくは思考停止状態に。余裕がなかったところに、考えもしなかった質問が飛んできた。そして、ぼくの口からこぼれ落ちた言葉は、当の本人も驚くべきものだった。
「デンマークのことが知りたいです」
その答えはストンと腹落ちし、パズルの最後のピースが埋まるようにお腹の底にすっぽりと収まった。全身の緊張が解放され、身体がぽかぽかと温まって心地いい。
「よし、決まり!」
PC越しに自分のことのように喜ぶ大輔さんの一言から、このプロジェクトは始まった。

ニュージーランドの愉快なオバちゃんと
「なんでデンマークに留学に来たの?」これまで何度聞かれただろうか。
ぼくはいつも返答に困る。もともとぼくは「デンマーク」に大して関心がなかったからだ。「留学」というカッコよさそうな行為に好奇心があっただけで、渡航先にこだわりはなかった。英語で授業が受けられて、成績弱者が行けそうな国を絞っていくと、デンマークくらいしか残っていなかった。
留学先は、首都コペンハーゲンのビジネススクール。グローバルなビジネスのあり方は世界で標準化され、学ぶ内容は日本とさほど変わらなかった。そんなことより、教授の授業の進め方や学生の物事の捉え方、個人と集団のあり方など、ぼくはいつの間にか「デンマーク」の方に惹かれていた。
それでもぼくは「留学」に来た身。自分にそう言い聞かせて好奇心に目を塞いでいたが、大輔さんの一言をきっかけに生活は一変した。これまで無意識に感じていた疑問が際限なく頭に浮かんでは脳裏にこべり付き、そのすべてを書き出し終えた頃にはもう日が暮れていた。
「この国はなぜこんなにピースなのか?」「時間の流れがゆっくり感じるのはなぜだろう?」「どうしてこの国の人々は平日の夕方17時に公園でピクニックしているのか?」……
実際にデンマークについて調べてみると衝撃の連続だった。世界一幸せなだけでなく、一人当たりのGDPは日本の約1.7倍、世界6位。貧困の少なさ世界1位、平和度指数世界2位、民主主義指数2位…。
半年もいて笑われるかもしれないが、ずっと騙されていたような気分だった。と同時に、今まで感じていた直感が確信に変わった--この国には何かがあるはずだ!
そんな経緯でこのインタビュープロジェクトは始まったのだが、このメディアについて語る上で、欠かせない人がもう一人いる。チームラボ代表の猪子寿之さん(以下、猪子さん)だ。
出会いは突然訪れた。
2015年4月の末。3人目のインタビューを終えたある日の帰り、Facebookを開くと、猪子さんがコペンハーゲンにいるではないか!
もちろん面識はないし、ぼくが一方的に知っていただけの存在。絶好の機会に連絡しない手はなかった。「会いたいです!」とダメ元でメッセージ。すると8分後、「OK! 今どこ?」「…」「じゃあ1時間後にホテルで!」 話が早すぎる(笑)。
すぐに家を飛び出し、ホテルでドキドキしながら待っていると、間もなく猪子さんが現れた。手短に挨拶すると、「今日はたまたま一人でプライベートでね。じゃあコーヒー飲もっか」。
二人でホテルのカフェに腰を下ろすと、さっそく猪子さんが楽しそうに話し始めた。
「これまでいろんな国に行ったけど、デンマークはヨーロッパで一番好きな国かも」
海外で絶賛されるアート作品を数多く出展し、世界中を飛び回っている猪子さんの言葉には説得力があった。
「クリスチャニアに行くためにデンマークに来たんだけど、さっき行ってみたら超ヤバかった!」
全身が震えた。説明は別の記事に回すが、そこはぼくも世界で一番好きな場所だ。猪子さんに共感すると同時に、自分の感覚の近しさにうれしさ爆発! その後、話はデンマークに止まらず、ただ夢中に話した。社会のこと、クリエイティブのこと、テクノロジー、文化、未来のこと。

猪子さん出会ったコペンハーゲンのホテルにて
「そういえば、名前なんだっけ?」
「タイガです」
「タイガはデンマークで何してるの?」
「留学してます」
「スゲー」
「それと今、インタビューメディアを作っているんです」
予想をいい意味で裏切られる形で、猪子さんはこのメディアに対して強い興味を示してくれた。「この国はとにかく居心地いいし、チボリ公園(デンマークの有名なテーマパーク)もめちゃくちゃピースだよね。スゴすぎる。あとみんな豊かだよね。一人当たりのGDPどれくらい? 日本の1.7倍くらい?」。ぼくが半年かけて気づいたことに、猪子さんは一瞬にして気づいていた。しかも数値までドンピシャ。この人、何なんだ…。
当時はまだサイトを製作中で、インタビューも始めて間もなかったが、国籍もジャンルもボーダーレスにインタビューしていること、イケてる人だけに話を聞きに行ってること、実際にどんな話を聞いているか、これからどんな人にアポを取るか、インタビューしてみて感じていることなどを話した。
「コンセプトとか全部すごくいいと思う! 俺も賛成。あとは、文化とかクリエイティブな領域の話も聞けるとよくなる。記事に写真を多用して読者に直感的に伝えられるともっといいね。あと、一番大切なのは、自分の世界観を押し出すこと。そしたら必ずいいメディアになると思うよ」
今振り返ると、猪子さんのアドバイスは的確だった。意識的に多様な人に話を聞きに行ったり、自分の価値観に徹底的に寄り添ったインタビューをすることで、新たな発見があり、記事に幅と深みが増した。と同時に、様々な次元からデンマークについて掘り下げることで、この国の根底に流れる普遍性に少しだけ触れられた気がした。
「あのさ、タイガのやろうとしていることの重要性、自覚してる?」
と猪子さん。自分の好奇心だけを頼りに活動していたぼくは、猪子さんが何を言っているのかさっぱりわからなかった。そして、猪子さんが次に発した一言は、今でも忘れることができない。全身に鳥肌が立った。
「このメディアは日本の未来の、大切な役割を担っているよ」
ぼくはデンマークがたまらなく好きだ。そして、この国が数十年後の社会の、ひとつのロールモデルになり得ると信じている。だからぼくは誰かに伝えなくてはいられなかった。でも、インタビューはひとりでは成り立たないし、メディアを立ち上げることさえひとりではままならなかった。たくさんの人たちに支えられ、今こうして日本の多くの人たちに伝えられている。
そして願わくば、このメディアが人類を前進させる一助となるのなら。そのとき、世界は最高にピースになるはずだ!