Søren Wiuff|ソーエン・ヴィウフ
農業経営者
デンマークの外食や食品業界では誰もが知る一流農家。近年のノルディックフードの潮流を語る上で、絶対に欠かせない存在。世界一のレストラン「noma」をはじめ、数々の有名レストランに食材を調達する。
毎年、中東やアフリカから農業のインターンを受け入れるなど、国際的な交流にも積極的。今年2月に日本を訪れた際、チョロギに感銘を受け、今年から種を取り寄せて自分で生産を始めるという。後日、ファームステイで農業インターンをさせてもらうことに。
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▶︎ インタビュー&文&現場写真:別府大河
▶︎ 写真提供:Søren Wiuff

Photo by Søren Wiuff

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―01―
直感を磨け!
恐怖するから苦しむのだ

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――東京やコペンハーゲンにいると、大自然に接する機会はほぼなく、おいしい野菜を育て方など検討もつきません。ソーエンさんは自然とどう向き合っているんですか?
大切なのは直感ですね。直感というと、なにか謎めいた神秘的な力のように聞こえますが、自然とうまく付き合うための道具にすぎません。
あまり知られていないけど、アメリカ原住民は、一つひとつの直感に紐づけられた言葉を持っているんです。それが羨ましくってね。こっちはいつもうまく言い表せなくてウズウズしているんだから(笑)。何が言いたいかというと、直感ってそれくらい普遍的な概念なんですよ。
――ではどうすれば直感を身に付けられるんでしょうか?
直感は自然と触れ合う中で、身体に刻み込まれていくもの。たとえば、僕は数年前に、ハチ嫌いを克服しようと思い立って、ハチミツを作りました。
最初はビビって逃げたり、防護服を着たりしたんですが、それでもよく刺されてね。でもだんだん慣れて怖くなくなってくると、ハチも襲って来なくなって。それが今では隣に座って背中をなでられるくらいですから、不思議ですよね。
自然に対してこちらの気持ちや態度が「不自然」だと、向こうはすぐに気づきます。嘘はバレるんです。だからむやみに恐怖したり、コントロールしようとしたらダメですよ。
―02―
「所有」を手放せば、みんな幸せ

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――ソーエンさんは、緑と白が混じた品種のアスパラガスをデンマークで作っている唯一の農家なんですよね。いつから作り始めたんですか?
農業を始めた時からもうずっと。当時はデンマークがEUに参入した頃で、安いアスパラガスがヨーロッパ各国から流入して、国内生産は右肩下がりだったんですよ。僕が小さかった時は、アスパラガス畑が一面に広がっていたこの地域も、当時はほぼ全滅状態でした。
でも、唯一生産を続けていたのが隣の農家だった。きれいな緑色のアスパラガスが、等間隔に一直線に並ぶ景色が本当に美しくってね。「種を少しいただけませんか?」と頭を下げに行ったんです。そしたら二つ返事でいいよって。
それから、1983年にアスパラガスの種を蒔いて、2年後から本格的に生産を開始。ふたを開けてみたら、驚くほどうまくいったんです。優しかったはずの隣の農家からも、すごく嫉妬されちゃってね(笑)。
――今ここでアスパラガスを生産しているのは、ソーエンさんだけじゃありませんよね?
10年ほど前、地元の農業組合長になった時、「アスパラの種をあげるから、みんな作ってみたら?」って提案してみたんです。当時は今日のように売れる食材じゃなくて、作り手も僕しかいなかったから、「コイツ何言ってんだ?」みたいな目で見られましたけど(笑)。
でも僕には勝算があったんです。もし消費者が国産のアスパラを2倍食べるようになれば、僕以外の人が作ったものが売れる。これが加速して、ドイツみたいにアスパラを食べる文化ができれば、もっと売れるようになって、巡り巡って僕の商品も売れる。アスパラはいろんな使い道のある食材だから、消費量を増やすのってそんなに難しくないんですよね。
実際に、このエリアでの生産はここ数年で10倍に増加。売るのは年々ラクになっています。種を独り占めしてもさみしいし、つまらない。それなら、みんなでシェアした方が楽しいし、消費者も生産者も、みんなハッピーですよね。
―03―
効率化を求めず、
不確実性を楽しもう

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――なぜ当時は売れそうもなかったもの作ろうと思ったんですか?
僕には昔から仕事の重要課題があるんです。自分のやることに対して、心からリスペクトできること。売れそうだとか売れなさそうだとかは関係なくて、僕自身が好きか嫌いかが重要なんです。誰かにこれをやれ、あれを作れと、誰からも指図されたくない。
上からの指示だけに従うことって、逆にリスクなんですよ。効率化を追求すると、作物の幅が狭くなりますからね。たとえば、鶏肉しか作っていなくて、鳥インフルエンザが蔓延したら売りにくくなるし、世界情勢に影響されて価格が下落したらもろに打撃を受けますし。
土地を耕し、種を植え、水をやって、どんな結果になるか。その謎が農業の本質。農業は金儲けのためにあるのではなくて、人間が生きるための基盤であって、その不確実性を純粋に楽しむものなんですよね。
―04―
僕はアナーキストかもしれない。

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――今、新たにチャレンジしていることは何ですか?
ちょうど2年前から食用のカンナビスを作り始めましたよ。吸う方じゃなくてね。
――カンナビス?
マリファナ(大麻)ね。
――なるほど(笑)。
カンナビスは栽培するのが簡単で、おいしくて栄養価の高い食べ物。薬にもなるし、衣服にも使える。もしかしたらもっと他の可能性を秘めているかもしれない、今僕が一番注目しているものなんです。
でも、いざ始めようと思った時、そもそも許可をもらう機関が国になくてね(笑)。手書きの書類で申請したら、去年政府からの認可が下りて。
僕は人と違って、先に作物を作ってから、レストランとか取引相手に告知して売っていくことが多いんですけど、カンナビスの告知をした時は反応がすごくって。ビール会社やレストラン、乳製品会社からみるみるうちに注文が来たんですよ。グレーゾーンはブルーオーシャンだった。
僕はアナーキスト(無政府主義者)なのかもしれません。箱物に入れられるのが嫌だし、入れられたらどうしても外に出たくなってしまう。枠からはみ出せば何か新しいものが見えることが多いですからね。
今、デンマークでは、自由を求めて行動する人がたくさん出てきている。こういったムーブメントが世界中で起これば、入れ物がもっと大きく広がって、もっと住みやすくて面白い世界になると思います。
―05―
半径70cmから世界は変えられる

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――新しいことに挑戦した結果、何か変化はありましたか?
見てください、この中央に映っているのが僕の畑(上方に川、左方に道で区切られた土地)。色や区切られ方が回りとまったく違うでしょう。
僕は量産機械を使わないから、作業はいつも僕の手が届く、身の回り70cmの範囲。これまでの20年間を振り返ると、この小さな世界は、日に日に、年を追うごとにどんどん豊かになっている。
昨日やった水が今日を潤し、今年蒔いた種は来年根を張り、芽を出す。上から眺めると、当初は何の変哲もなかったこの土地は、目を見違えるほど様変わりしていました。
世界規模の環境破壊や戦争をどう解決していけばいいか、正直僕にはよくわかりません。でも、自分にできる挑戦を続けることで、10年後、20年後に振り返ってみると、大きな変化を生み出しているかもしれない。僕の畑はそう語りかけているんだと思います。