Mikkel Friis-Holm|ミッケル・フリスホルム
Friis-Holm Chocolate 代表
2008年にシェフからチョコレート職人に転身。2014年、ロンドンで開催されたインターナショナルチョコレートアワード ミルクチョコレートプレーンバー部門金賞、ダークチョコレート部門2品銅賞、ダイレクトトレード賞(特別賞)受賞。
利益の10%を農家に還元して、子供の養育費などに充て、後継者育成にも力を入れる。
現在日本でも注目され、今年2月に大阪に来日し、講演会などを実施。
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▶︎ インタビュー&文&現場写真:別府大河
▶︎ 写真提供:Mikkel Friis-Holm
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ニカラグアから世界一になるまで
――ミッケルさんのチョコレートは今年の世界大戦の予選、ヨーロッパ大会もほぼ総なめしているんですよね。チョコレート好きの日本人ならご存知の人も多いと思いますが、一体どんなチョコレートなんですか?
中米ニカラグア産のカカオ豆を使用した、「Bean to Bar」(カカオ豆からチョコレートの製品にするまでを一貫して一人の職人、または工場で生産したもの)のチョコレートです。ニカラグアの農家と直接契約を結び、厳選した良質なカカオ豆を輸入して製造。去年までフランスで作っていたんですが、今年からは国内2つ目となる「Bean to Bar」工場で作り始めますよ。
使用しているカカオ豆の種類は、チュノ、ヨヘ、ルゴソ、バーバ…と、今商品になっているものだけでも6種類くらいあります。一種類の豆だけからチョコレートを作るという、ほとんどの職人がしない手法を採っているので、僕はいつも珍しがられますね。
品種だけじゃありません。たとえばこの2つのチョコレート。まったく同じチュノという品種を使っても、カカオ豆を発酵させる際に、同じ発酵日数でかき混ぜるのが2回なのか、3回なのかで酸素が入る量が変わって、味わいがまったく異なるんですよ。
チョコレートはワインみたいなもの。原材料の品種、発酵方法、貯蔵期間、温度管理などによって何百通り、何千通りの味にもなる。その中の最高の一通りを見つけるのはもちろん大変だけど、ものすごく奥が深くて、それがたまらなく面白いんですよ。
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大量生産・大量消費社会の終焉
最高の製法は半世紀前にあった。
――特に生産方法にこだわりが強いんですよね? 昔ながらの作り方を採用しているんだとか。
そうですね。僕は2008年からチョコレート生産を開始しましたが、当初から伝統的な作り方を大切にしていて、わざわざ古い機械を取り寄せて使っているんですよ。つい先日イタリアから注文した焙焼炉なんて、100年前のものですからね(笑)。
――100年前?! なぜそんなに古いものにこだわるんですか?
今、世界で一般的に使われているレシピや機械は、どれも大量生産・大量消費型のもの。いかに早く、多く、安く作れるか。重心はそこ。だから逆に、最新の機械は僕にとってはほとんど使い物にならなくて。
僕が追求するのは、量より質、味や品質なので、アプローチの仕方がまったく違うんですよ。たとえば、大企業は、カカオ豆をチョコレートにするまでたった8時間しかかけないのに対して、僕は5日と、30倍もかかりますからね(笑)。とは言いつつ、全部が全部、昔のままというわけじゃなくて、所々は最先端のテクノロジーを駆使しているんですけど。
50年前のチョコレート業界は、今のような巨大企業はほとんどなく、小さな企業の集合体だった。なので、企業は今より消費者や社会に寄り添っていた。本来はそうあるべきで、僕は何か特別なことをしているわけではなく、それを忠実に実行しているだけなんですよ。
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さあ、世界を逆回転させよ!
――今もなお、20世紀型の大量生産・大量消費が続いていて、消費者の味覚が劣化するのと同時に、地球の裏側では途方もない搾取が行われていますよね。その結果、子供が奴隷のように人身売買され、女性が陵辱され、飢え死する人も……どうすれば状況を変えられるのでしょうか?
世界のカカオ豆の70%は、ガーナとコートジボワールで生産されています。しかも農家の給料も微々たるもので、平均日給はたった2〜2.5ドル(約240円〜300円)。
EUはアフリカの農家を守るため、独占禁止法を掲げて“自由”を謳っていますが、市場がどうであれ、農家に選択の余地はない。農家は欧米企業に言われるがままに安く買い叩かれ、やがて搾取の矛先は、未来を担うはずの子供に向けられる。この際限のない苦しみの循環から抜け出すのは、はっきり言って不可能に近いと思います。
――きっと搾取する本人だって、そんなことをしたいと思ってはいないんでしょうね。もう企業や個人が、資本主義や組織の論理で暴走してしまっている。
木を買いつけ、種を植え、肥料をやり、木が生えるのを2〜3年間待つ。実がなったら収穫が始まり、木が完全体になるまでには、それからまた6〜8年かかる。こんな大仕事をやり続けるには、それ相応のお金が必要なんです。社会貢献うんぬんじゃない。
だから、僕は契約先のニカラグアの農家に、アフリカのカカオ農家の平均収入の4倍、フェアトレードの価格の2〜3倍のお金を払っています。
――お互いにとっていい関係を作るには、それくらいの金額が妥当なんですね。
翻って、アフリカはどうでしょう? 今はなんとか維持できていますが、生産が滞って崩壊するのは時間の問題だと思います。なぜなら、カカオ農家の高齢化が深刻化している中、もうそろそろ30〜40年おきに行う植え替え時を迎えるからです。アフリカではお金も人も木も、もうそう長くは続かない。
崩壊後に待っているのは、供給の減少ですよね。すると価格が上昇し、短絡的な利益を求める企業が現れて、また搾取が始まって、また崩壊して…供給が定期的に増減し、それに従って価格も乱高下するのは火を見るより明らか。これではいつまで経っても苦しみから逃れられない。
では、どうすればいいかというと、簡単です。そんな愚かなことはせず、長期的な投資すればいい。そしたら農家は持続的に仕事ができて、自分にも質のいいカカオ豆を安定的に届き、継続的にチョコレートを生産できる。どう考えても、そっちの方がみんな得ですよね。
「安くてマズい」じゃなくて「値段に見合っておいしい」へ、お金の循環を逆回転させれば、みんながハッピーで、素敵な未来があると僕は思います。
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パラダイムシフトの夜明け
「時代はもう変わり始めている」
――社会への貢献は、後からついてくると?
そうですね。「社会貢献するぞ!」と肩に力を入れなくても、「いいものを作って売る」という、当たり前のことすれば、社会は勝手に良くなると思うんです。
僕自身も、この仕事を始めたきっかけは、ニカラグアのカカオプロジェクトに誘われたことでした。チョコレート作りなんて考えたことはなかったし、ましてや社会貢献などもってのほか。
最近よくCSR(企業の社会責任)が大切だとか言われますが、そもそも企業が社会に貢献するなんて当たり前のこと。筋の通ったビジネスをすれば、CSRなんて言葉自体いらないはずですよね。
――そんなミッケルさんから見て、世界が変わり始めているんでしょうか?
僕はそう思いますね。特にデンマークの若い人たちはもう気づき始めていますよ。ブランドに価値はないとか、大企業が弱者からどれだけ搾取しているかとか。だから消費活動も変わってきている。そろそろ供給側も変わらざるを得なくなってきていると思います。
実際に今、チョコレート業界には、僕のようなクオリティ重視の生産者が世界中で出始めている。このやり方がもっと広まれば、アフリカが豊かになって、インターネットが普及する。そしたら、農家はもっと対等な立場で取引できるようになるかもしれないし、カカオ豆のモノカルチャー(単一栽培)から抜け出せるかもしれませんよね。
世界は良い未来に向かっている。大量生産・大量消費社会から脱した、この新たな世界には、ルールもなければ、教科書もない。すべて手探りだけど、そこが面白い。その先にある、新しい時代を切り開くこともできる。
今の世界を変えるのに、社会をひっくり返す必要はないんです。だって、世界はすでに逆回転し始めているのだから。パラダイムシフトの夜明けは、もうすぐそこまで来ているんじゃないでしょうか。