Michael Schäfer|マイケル・スカーファー
銅版画師
デンマークに残る、数少ない銅版画師の一人。コペンハーゲンの中心部にひっそりと店を構える、本職24年目の大ベテラン。近所に作業場を持ち、見習いの若者2人と共に作品を製作する日々。
肩書きは銅版画師だが、ポップな画風の作品や文字の版画など様々な版画を手がける。3年前からは額縁も自作している。
知り合いに紹介されて、店にアポなしで行くと、すぐにインタビューを承諾してくれた。優しい瞳の奥には、ただならぬ信念が輝いていた。
▶︎ インタビュー&文&写真:別府大河
―01―
見るだけでなく、
五感で味わえる作品を
――まさか僕はデンマークで版画師に出会えるとは思っていませんでした! 日本でも会ったことはありませんからね。ちょっと失礼かもしれませんが、版画といえば、僕も小さい頃にやったことがあります。
会えないでしょうね。デンマークに、版画師は僕を含めて3、4人しかいませんから(笑)。というのも、僕がやっていることは効率が悪い、古き良き伝統的なやり方なんです。
パソコンでポチッと「プリント」ボタンを押したら数秒で印刷できちゃうような今の時代。コストも全然かからないし、なんとなくカッコいいですよね。僕も一時は「そっちの方がいいかもしれない」と思ってPhotoshop(PC上で画像を編集するソフトウェア)を使ってみたんですが、どういうわけか性に合わなくって。
でも、やっぱり全然デジタルとアナログでやるのは違うんですよ。一つひとつが手作りだから、世の中に二つとして同じものはない。紙にはくぼみが残っているので、目や肌、匂いも含めて、五感でその質の高さを感じられる。僕はそこに時間と労力を投資する価値があると思ったんです。
――価値が高いのは、再現性が低いからですね。僕はデジタルなものが好きですが、実際に作品を身体で感じるとマイケルさんの言うことがとてもよくわかります。版画師はどこからどこまでの仕事を手がけるんですか?
よく勘違いされるんですが、まず、版画師は絵を描きません。絵を描くのはアーティスト(芸術家)。なので、アーティストが描いた絵の版画を刷って形にするのが僕の仕事です。アーティストと同じように版画師もクリエイティブじゃないと良いものは生まれませんから、つくづく大変な仕事ではあると思いますね。自分で選んだ道ですが(笑)。
簡単に銅版画のやり方を説明すると、まず銅製のプレートを用意して、針で絵を掘っていく。そこにインクをつけた後、溝にだけインクが残るように、表面上だけインクを落とす。その上に紙を載せて、プレス機にかけたら完成。物によりますが、最初から最後までだいたい30分くらい。
だから僕の仕事はというと、アーティスト選び(もちろん選ばれることも)から、版画を刷って、売るまで。「これをプリントしてください」と、一般の人から依頼を受けることもありますね。
基本的に、僕たちのようなクリエイティブな仕事には、「売れる、売れない」の波があるものだと思うんですよね。だけど、「今年は黄色だけど、来年は赤」と移り変わりが激しいファッションに比べたら、長い目で見ると、銅版画は波の上下動はそれほど激しくはありません。ファッション的な要素が比較的少ないんですよ。そして、常に一定の支持層がいて移り変わりが少ないもののが、本当にいいものだというの証だと思います。
―02―
あなたは作品を見て想像できますか?
――なるほど。ですが、常に一定の消費者がいるとはいえ、やっぱりファンを増さないといけないわけですよね。たとえば、僕みたいにアート作品を買ったことない人にはどうアプローチするんですか?
やっぱり消費者を教育するのは大切だと思います。それも僕の大切な仕事。あなたみたいに実際に店まで足を運んでくれたら、目で見てもらうだけではなく、僕が作り方を説明したり、作品のこだわりをなどを語るようにします。すると、ほとんどの人はその価値に気づいてくれますね。
大切なのは、想像力だと思うんです。絵でも何でも、ある物を見た時に、その作られ方や作り手の思い、そこに注ぎ込まれた愛とか情熱とか、作品の裏にある物語を想像すること。それを想像してもらえるようになるためには、この店に充満するインクの匂いを嗅ぎながら、作った本人から聞くのが一番だと思うんですよね。
――僕も大共感します。ファストファッションみたいな、アングロサクソン的な資本主義の売り手は、むしろ消費者に想像させないように広告を打って、思考を停止させるように売りつけていきますよね。これは世の中のあらゆる問題にも通ずる諸悪の根源だと僕は思っていて。
そうですよね。だから、僕の作品を買ってくれる人の多くは、一度〝そっち〟に手をつけてから「やっぱりクオリティの高いものがいい」と気づいた人たちなんです。とはいえど、もう安っぽいものが嫌になったからといって、その100倍ほど値段の張る作品を買うほどの気持ちもない。そういう人が、次のステップとして、最初に買った絵の6倍くらい値段の、僕の作品に興味を持ってくれるんです。
――マイケルさんは〝そっち〟から〝こっち〟への架け橋のような存在なんですね。やっぱり最初から質の高い物を選ぶことはないんでしょうか?
もちろん中にもそういう人もいますよ。だけど、ある程度は仕方がないことだとも思いますね。やっぱり大勢の人は広告に翻弄されちゃいますから。テレビCMや雑誌で「これさえあればあなたの家もカッコよくなる」「あれを持っていないあなたはダサいよ」と刷り込まれると、どうしても買いたくなってしまうと思うんですよ。
そういう人はIKEA(世界最大の家具販売店)に行って、安い絵を買ってみればいい。IKEAじゃなくても、コペンハーゲンをちょっと歩けば、250クローネ(≒4500円)くらいの安い絵なんていくらでも見つかりますよ。でもそんなのを買ったって、他の数多ある家と何の変わりはない。マスメディアに少しでも疑問を持っている人なら、どこかのタイミングで気づくと思うんですよ。何年経っても気づかない人は……仕方がないですけどね。
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クリエイティビティは
文化の蓄積とその破壊の先に
――それでも僕からすると、デンマーク人は日本人と比べたら流行を気にしていないように見えます。値段の高い安いはおいておいて、絵やデザインなど、何をとってもデンマークはとてもカッコいいですよね。物は少ないのに、絶対イケてるポイントは外さないという。
デンマーク人はみんなクリエイティブなんですよね。たとえば、世界的に有名なLEGO(レゴ)もデンマークの会社ですし。こんなに小さな国で、重工業もそれほど発展していないので、デンマーク人はクリエイティブになって、少ない資源から高付加価値を創造せざるを得なかった。そうしなければ、国際競争力を維持できなかったんですよ。また、歴史的に、デンマークの家具やデザインが1960年代から急激に発展し始めたことも大きかったと言われています。
国がクリエイティブな分野に積極的に投資をしていることも、この国のクリエイティビティを支える根幹でもあります。たとえば、デンマークには芸術家や建築家、音楽家、デザイナーの国立学校がそれぞれあって、どれもものすごく充実しているんです。その上、何度でもやり直せる社会システムなので、誰にでもその門戸は開かれていますからね。
――クリエイティブになる土壌が整えられていて、しかも誰にでもチャンスがあると。さすがデンマークです。では、特に最近クリエイティブだと言われているのはどの分野なのでしょうか?
今一番なのは、間違いなく、建築と食だと思います。ご存知の通り、noma(2014年度世界1位、2015年度3位のレストラン)は有名ですよね。その裏で、実はnomaに触発されて、他にもいろんな素晴らしいレストランがコペンハーゲンでどんどん生まれてきています。
最近は、「食」×「アート」という、コラボレーションすることも珍しくありません。アートに関心を持っているシェフはものすごく多いので、レストランの壁にはアート作品がかけてあったり、アートに関する本が置いてあったり。最近はそういうことがよく起こっていますね。
そういうムーブメントに触発されて、僕も現代にあった新たな作品をどんどん生み出しています。ポップな画風だったり、文字を彫刻したり。もちろん伝統的なやり方はその中でも地道に貫いていますけど。
クリエイティビティは、文化の土壌の上に成り立つものだと思います。文化を育み、時には異分子と融合させ、破壊しながら、新たな提案をしていくのがデンマークのやり方です。そして、政府も国民はそれを理解して、実行しているからこそ、デンマーク人はクリエイティブであり続けられるんだと思います。