Martin Justesen|マーティン・ユステセン
Business Developer and Founder of CSE
様々の企業やプロジェクトに参画した後、7年前CSEを創設し、ビジネスデベロッパーに就任。毎年、100以上の学生起業家チームに携わり、スタートアップや既存企業などともネットワークを広げている。
CSE(Copenhagen School of Entrepreneurship)とは、学生向けの起業家インキュベーションオフィス。これまで、91ヶ国の学生から382社を輩出。総収益高は約1億ドル、総投資高は約3千万ドル。
▶︎ インタビュー&文&写真:別府大河
―01―
デンマークの学生起業家インキュベーターとは?
―― CSEは大学に付属した、起業家インキュベーションオフィスですよね。まず日本では考えられません。一体どういう組織なんですか?
無料で学生の起業支援を行なっている組織です。国籍や年齢を問わず、デンマークの学生であれば応募できて、誰にでもチャンスがあるんです。その中から可能性のある起業家を受け入れて、3〜15ヶ月の支援を行っています。
僕は2007年にコペンハーゲンビジネススクール(CBS)に声をかけられて、CSE創設から参画。過去に起業したり、様々なプロジェクトに携わった経験を活かして、若者の起業家の相談に乗ったり、アドバイスをしています。
——具体的にはどんな支援を?
僕たちメンターが常駐するオフィスの貸し出しだったり、CSEが主催するワークショップだったり、エンジェル投資家とのマッチングのサポートとか、そういったもの。学生たちが大学で学んだことを、どうアウトプットできるか、さらにアウトプットしたものから何を学び、次に活かせるか。それを大切にしていて。
CSEから出たスタートアップの成功率は54%。もちろん経験も浅いですし、全員が全員成功するわけじゃありませんが、この数字はそう悪くないと思います。デンマーク全体としても、30歳未満のデンマーク人の起業家数は、ここ5年で倍以上に膨れ上がった。これはとてもいい傾向だと思いますね。
―02―
良きビジネスは良き市民から
――最近のデンマークでは、どんなスタートアップが多いんですか?
問題を解決しようとするスタートアップが多い印象ですね。これは世界中で起きている大きな潮流だと思いますが、デンマークでは特にその傾向が強い。教育、健康、環境問題など、僕たちは今様々な問題を抱えていて、考え直さなければならない段階に来ていますよね。最近よく耳にする「サステナビリティ」という言葉がまさにそれ。
問題があって解決されていないということは、解決策となり得るビジネスモデルがまだ確立されていないとということ。逆に言うと、それさえ見つかってしまえば一気に解決すると思うんですよ。
「問題を指摘し、解決案を提案し、実行する」それがスタートアップの可能性であり、役割だと思います。これまでたくさんの起業家を見てきましたが、その誰もに共通するのは、「少しでも社会をよくしたい」という気持ちを持っていることであり、それが起業する最大の動機になっているということですね。
――「社会起業家」という言葉ができているくらいですからね。では、なぜデンマークの人はその考えや思いが強いんだと思いますか?
子供の頃から学校や家庭、あらゆるコミュニティでシビル・ソサイエティ(Civil Society、市民社会)を学んでいるからだと思います。
日本人には馴染みがないかもしれませんが、シビル・ソサイエティとは、政府や企業から独立して、よき社会を作ろうとする市民組織全体のこと。たとえば、非営利組織や民間の研究機関、ボランティア団体など。「良き市民」である、または、そうあろうとするのがデンマーク人なんです。
デンマークには、法的に認められた市民組合がなんと10万以上あります。人口が560万人の国に10万以上の組織。デンマーク人である僕でさえ驚くほど、この国の人は「社会に貢献したい」と思っているんです。
つまり、「より良き社会を作ろう」と考えるのは、この国では当たり前というか、日常的なことなんですよね。なので、デンマークのビジネスのほとんどはフェアに行われる。フェアであれば、必然的にビジネスは持続しやすくなりますよね。デンマーク人は、21世紀において大切なスキルを子供の頃から教わっているんだと思います。
―03―
「シェアエコノミー」は、デンマーク的思考法だった!
――シビル・ソサイエティがどういうものなのか、概念としてはわかったんですが、どのようにその価値観が生まれたんですか?
19世紀前後にデンマークで起きた、「Andelsbevægelsen」という協同組合運動の歴史が深く関係していると言われています。デンマークで育った人なら、誰でも一度は学校で習う話。
どういう運動だったかというと、よく例に挙げられるのが19世紀後半の出来事。ロシアの東ヨーロッパ侵攻によって、小麦の価格が暴落。その結果、小麦生産に依存していたデンマーク農家は危機に瀕し、単純な小麦生産から酪農や食肉生産への転換に迫られました。となると、搾乳所や食肉加工工場を新設しなきゃならない。でもそんな大金は持っていない。
そこで考え出されたのが、「協同組合」という概念でした。一人では買えない。けれど、近所の農家も同じ問題を抱えている。それならお金を折半して一つだけ買って、共有すればいい。そうすれば、費用が抑えられる上に、資源の無駄にもならない。それぞれにとって Win-Win だし、これがきっかけで新しいコミュニティにもなる。
そうやって始まった協同組合運動は全国に拡大。生産者と消費者が協同して運営する、今で言うところの「生協」も生れました。お互いの経済的な負担やリスクを軽減し、得られた経済的利益を共有する。これが組合の目的でした。
ですから、今流行っているAirbnb(空き部屋仲介サービス)やLyft(車の相乗りサービス)、デンマークのサービスで言えばletsgo(車を貸し出しサービス)など、「シェアエコノミー」という概念はこの国ではもともと馴染み深いものだったんです。
――「協同組合」や「シェア」という考え方が、「良き市民」という価値観の根本にあるんですね。
そうですね。生産者だろうが消費者だろうが、「自分が社会を作っている」と当事者意識を持てるんですよね。そうなれば、「じゃあ良い社会を築くにはどうしようか?」と考えるのは自然のこと。そして、こういった考え方から福祉国家という今の形になったとも言われています。
――デンマークが福祉国家の道を歩んだ根底には、シビル・ソサイエティがあった。
先程はビジネスがフェアだという話をしましたが、それだけじゃなくて、デンマークのビジンスパーソンはものすごくフレンドリーでもあるんですよ。
たとえば、このインキュベーターオフィスのスタートアップを見ていると、たしかに企業間で競争関係はあったりもするけど、みんなすごく仲がいい。足を引っ張りあうのではなく、お互いのいいところを学んで、高め合おうとする。競争がとてもいい方向に働いていると思いますね。
これはスタートアップだけじゃなくて、他のビジネスの世界でも言えること。たとえ競合関係にある企業でも、仕事が終われば一緒に酒を飲みに行く。ベロベロのまま、朝までダンスしていることも(笑)。
co-working(協力し合って仕事する)は世界的な流れでもあると思いますが、デンマークは特にその傾向が強い。そして、「良き市民」という考え方自体が、この国の競争力を高める要因になっていると思います。