Freddy Svane|フレディ・スヴェイネ
駐日デンマーク王国大使
2005〜08年の3年間の1期目の駐日大使を経て、2015年より現在2期目の就任。コペンハーゲン大学修士過程を卒業、デンマーク外務省入省。その後、在ブリュッセル・デンマークEU代表部書記官や在仏デンマーク大使館参事官やデンマーク外務省通商貿易政策担当審議官などを経て、1期目の駐日大使に。
そして、デンマーク農業理事会CEO、2010年から駐インド大使(ブータン・スリランカ・モルディブ兼任)などを経て、再び現職に。妻と子ども4人を持つ、少年のような笑顔をするロラン島出身の大使。
▶︎ インタビュー&文&現場写真:別府大河
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日本とデンマークの深いつながり
デザインと、好みと、政治と。
——デンマーク王国大使館に一歩踏み入れて、大使の部屋に至るまで、デンマークの家具に溢れていて不思議な感覚になりました。東京のど真ん中にいながらデンマークにいるような。
このデンマーク王国大使館はまさにデンマークのデザインで作られていますが、一歩外に出ると大好きな代官山が広がっています。ここで生活していてもわかるんですが、この2つの国のデザインには多くの共通点があるんですよね。
もちろんデンマークは日本のデザインに影響を与えていますが、反対に、デンマークもまた日本から大きな影響を受けています。今年2017年は日本とデンマークの外交樹立150周年ですが、デンマークのデザインが最初にインスピレーションをもらったルーツがここ日本なんですよ。だから、もし私たちデンマーク人が自分たちのデザインを賞賛するのであれば日本も同時に賞賛するべきだと思うんです。
デンマークは隣国から領土を奪われる歴史が長く、現在のような小さな国土に。そんな私たちにとって、日本のようなミニマムなデザインは相性が良かったのでしょう。また、豊かな自然環境を愛し、木材を多用する文化も馴染み深かったんだと思います。
——感謝すべきはむしろ日本の方です。約150年前、明治維新を境に西欧化した日本にとっては、この国の文化の本質的な価値に気づき、より洗練させ、そして現在は、逆に日本へそのデザインを輸出してくれているデンマークに感謝しなければいけません。
デザイン以外にも、日本とデンマークの好みや趣味もとても似ているんですよ。たとえば、日本には、フリードリヒ・クーラウ(Daniel Friedrich Rudolph Kuhlau)というデンマークの有名な作曲家のコミュニティがあるんです。あるフルーティストの日本人男性がこのコミュニティを立ち上げ、日々彼の作品を研究し、外に向けて紹介しているんです。私はそれに感銘を受けて、彼をこの大使館に招待したことがあって。こんなこと、世界中で日本でしか見たいことがないですよ!
九州に行った時には、デンマークの有名な哲学者、グルントヴィ(N.F.S.Grundtvig)のコミュニティもありました。みんな彼のことが心の底から好きで、本当に何でもよく知っていましたね。あと、北海道では、何年もの間、デンマークと北海道の間で若い農家の交流が盛んに行われています。
日本人がこんなにもデンマークのことを愛し、大切にしていることは、本当に衝撃的でしたね。政治的な話では、死刑制度を除けば、PKO(国連平和維持活動)をはじめ、日本とデンマークは思想や価値観の大部分は共通していると思います。きっと日本とデンマークは深くつながっているんでしょうね。
—02—
「文化」が紡ぐ、デンマークと日本
——両国の根っこが共通点しているようなイメージはぼくも強く持っています。ですが、現状はかなり違いますよね。
たしかに日本とデンマークは共通の社会問題を抱えていますが、デンマークは多くのことにおいて先にいますよね。それは日本にとっての可能性です。
たとえば、社会の高齢化。アルツハイマー病患者をどうやって介護するか、高齢者の住居をどうやって確保するか、それらを社会としてどうやって仕組みにしていくか。さらに、デンマークでは「福祉テクノロジー」と呼んでいるのですが、どうやってロボットを導入するか、住環境を整備するためにセンサーを使うかなど、あらゆる試みをしていますね。女性の社会進出やそれに伴う少子化対策、他にもエネルギーなど、きっとデンマークを例に日本は多くのことを学ぶことができると思います。
——日本がデンマークから学べることとして、スヴェイネ大使が特に注目している領域はありますか?
農業ですね。私は日本にとってTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)はとても大きなチャンスだと思います。たしかに、日本国内の農家は大きな挑戦になるとは思いますが、裏を返すと、この上ないチャンスでもあります。
デンマークの農家は、グローバルなマーケットに対して質の高い商品を売る方法を熟知してます。何年もかけて協同組合を発展させ、国際競争力のある製品を販売できるよう、トレーサビリティーの確立された商品やオーガニック食材など、食の安全性の高いものを輸出しています。しかも、デンマークの食料自給率は、約550万人の人口に対して約300%です。
もちろんすべての農家がTPPの恩恵を受けるとは思いませんが、きっと一部の農家は変化に順応でき、デンマークの農家のように、日本のイチゴや梨、チーズなどを海外に売ることができるはずです。私にはこれが日本にとってチャンスだと思えてならないのです。
—03—
Living Civilization
日本、それは「生きる文明」
——デンマークの農業の実態から見るTPPへの見解はとても面白いですね。逆に、スヴェイネ大使から見て、デンマークと比べた日本の良さはどのように映っているんですか?
海外では日本を「ハイテク社会」と思う人が多いですが、私にとっては「豊かな文化」の国なんです。たとえば、デンマークはアメリカ文化で溢れてしまって、世界とのつながりは強いけれど、ローカルな文化とのつながりは希薄になってしまっているように私は感じていて。
それに対して、日本の文化はまだ根強く残っていると思います。私は、そんな日本を世界で稀有な「Living Civilization(生きる文明)」と呼んでいます。どういうことかというと、もし主流の文化が何百年、何千年もの間変化していないなら、その文明は「今も生きている」ということだと思うんです。中国やインドと同じように、日本もそのひとつ。私と同じように、デンマーク人は古くから継承されている日本の習慣や文化に触れてみたいと思うはずです。
たとえばここデンマーク王国大使館がある旧山手通りから少し横道に入ってみると、文化的なフェスティバルがそこら中で行われています。そしてそれはここ代官山や東京だけでなく、日本中で行われていますよね。私はそんな日本を心から尊敬しているんです。
—04—
「もしあなたが変わろうと思えば変われる」
——「Living Civilization」っていい言葉ですね。スヴェイネ大使がデンマークのことを日本に紹介することは多いと思います。そんな時、いつもどんなことを感じますか?
私がデンマークの事例を説明すると、よくこう言われるんですよね。「それはデンマークみたいな小さな国だからできるんじゃないでしょうか」と。
でも、それはきっとゾウを食べるようなことなんだと思うんです。味や倫理などを除いて、「ゾウを食べられますか?」と聞かれたらあなたはどう答えますか? きっと「大きすぎて食べられません」と思うでしょう。でも小さく切ったら食べられます。デンマークの事例を日本で活かすとはそういうことだと思うんです。
たしかに、デンマークの事例をそのまま日本に適用できることは難しいのかもしれません。でも、それなら千葉県や北海道、九州といった小さな単位で、デンマークのエネルギー政策や農業、福祉システムなどは十分参考になるはずですよね。
——そうですね。デンマークの人口は兵庫県と、面積は九州と同じくらいですからね。
ですが、日本で大きな変化を生み出すには、それだけでは足りません。私は、若者の政治参加が必要不可欠だと思います。民主主義は、全国民が能動的に政治に関わることではじめて機能するシステムなので、若者が投票に行かないということは機能していないとも言えるんです。
デンマークの子供は学校や家庭で政治について学び、議論を繰り返しながら育ちます。たとえば、私の家族には4人の子供がいるんですが、いつも自然と政治の話題が出ますね。日本の家庭事情はわかりませんが、デンマークの家庭では政治の話をすることはごく当たり前のことで、民主主義にとってとても大切なことなんです。
もし何かを変えようとするなら、責任を持たなければなりません。投票しないなら、その人に政治を批判する権利はありませんよね。つまり、社会を変えるのは、政治家の責任ではなく、国民の責任なんです。
私は前回の日本大使の最後の報告書にこんな一文を書きました。「私の最終結論は、日本は未来ではなく、過去に進もうとしているということです。だからこの国では、劇的なイノベーションが必要だ」と。
ですが、2期目の今は少し違った考えを持っています。もちろん日本で問題が大きく解決したわけではありませんが、私が日本を離れていた間に、多くの免税店が立ち並び、海外からの観光客もかなり多くなって、オープンな雰囲気が生まれていました。日本は大きく変わっていたんです。だから私は当時よりも日本の未来に対して楽観的な思いがあるんです。
もしあなたが変わろうと思えば変われる。デンマークはそれを自身で証明していますよね。そして、それはデンマークが特別だったからできたのではなく、日本にもできるはずなんです。私が駐日大使である間に、いい変化が起こることを楽しみにしています。