デンマークの自由すぎる教育機関『フォルケホイスコーレ』が個人と社会を幸せにする理由


フォルケホイスコーレは、現在デンマーク国内に68校あるデンマーク生まれの全寮制の成人教育機関。主に4か月から6か月のコースで、文学、語学、音楽、環境、哲学、スポーツなど、学校ごとに複数のコースが定められ、教科は多岐にわたる。教師と学生が平等な関係の中で相互に学ぶことが重要な理念のひとつであり、授業では自由な対話が重視される。入学試験を含めたテストや成績評価はない。また全寮制であるため、授業外でも学生や教師が生活の多くの時間を共にする。

政府から思想的に独立した私立学校だが、デンマーク政府の助成を受けているため、国籍にかかわらず、学生は学費の一部のみを負担する。17歳半以上であれば国籍、宗教、民族とは無関係に入学可能で、国外からも多数の学生を受け入れている。

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〈このフォルケホイスコーレのキャンパスは家。〉

親元で暮らせない子どもの養育について調べていたとき、デンマークの児童養護施設について書かれた論文を見つけた。デンマークの児童養護施設では、子ども一人ひとりに個室が与えられ、必要があれば子どもの数よりも多い職員が割り当てられることもある。子どもが自らの措置に対して意見を言う権利が法で定められていて、年齢によっては個人でのアパート暮らしさえ認められているらしい。子どもの自由をこんなにも尊重する国があることに、感動した。

大学を卒業したら、デンマークで福祉を学ぼう。周囲が企業に就職していく中、そう決心して選んだ留学先は、デンマーク政府の助成のおかげで学費が比較的安いフォルケホイスコーレのうちのひとつ、Nordfyns Højskoleだった。

フォルケホイスコーレでの生活が始まって初めに感じたのは、自由な時間の多さと、学生と教師が友達のように話すフラットで寛容な人間関係、そして何より、若者やお年寄り、難民や障がいのある人など、様々なバックグラウンドの人たちが同じ寮で暮らし、食事をし、放課後には一緒に過ごす、日常生活に溶け込む多様性。それらすべてが、僕が日本で経験した大学までの教育からかけ離れたものだった。

このユニークな学校のことをもっと知りたい。漠然とそう感じていたとき、日本にフォルケホイスコーレのような学校を作る情熱を燃やしながら、この学校の情報を日本に発信している方に出会った。

山本勇輝|Yuki Yamamoto

IFAS 共同代表/ Nordfyns Hojskole 教員

1986年生まれ。アメリカ留学、国際関係の仕事を経て、2013年、デンマークにあるフォルケホイスコーレの1つ、Højskolen på Kaløへと渡り、学生として学ぶ。その中で、自分らしく様々なことに挑戦できる学校を日本に創ると決意。ターム終了後、住み込みスタッフとして働きながらフリーペーパー「MADO kalø Denmark」を発行し、デンマークの教育について発信する。

その後日本人とデンマークのフォルケホイスコーレを繋ぐIFASのメンバーとして、自ら国内30のフォルケホイスコーレを回り発信。Testrup Højskoleで再び1年間学び、現在もIFASで情報発信や短期体験プログラムの企画をしながら、2016 年夏よりNordfyns Højskoleの教師として日本人研修生の受け入れを担当。

▶︎インタビュー&文&一部写真:森本康平
▶︎編集:別府大河
▶︎写真提供:山本勇輝さん

〈フォルケホイスコーレでの日常の風景。〉

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コミュニティーの一部として

――フォルケホイスコーレ(以下、「フォルケ」)に来て最初に感じたのが、すごく自由な学校だということです。単に自由な時間が多いだけでなく、授業で生徒の発言が重視され、質問によって授業内容が変わっていくことがそう感じさせると思うんです。対話を重視することはフォルケの教育理念ですが、現場の先生たちはどういう意識を持って教えているんでしょうか?

「楽しいときにこそたくさんの学びがある」という考え方が根本にあるんです。たとえばデンマーク語の授業だったら、学生たちがデンマーク語を話せるようになるということが目標としてあります。その目標を達成するうえで、ゲーム形式の課題やグループワークがよく使われるし、天気のいい日には外で授業することだってあります。

学生の質問によって授業が変わっていくのも同じ理由からだと思うんです。学生が質問するのは興味があるからで、そこにフォーカスして広げていく方が楽しんで学ぶことができ、その結果確かな知識になる。フォルケにはそんな考えがあるんです。

話題になっているニュースと結びつけて、その日の授業をする先生も多いですね。もしテロのことがニュースになっていたら、自分の身に起きたらどう反応するか考えさせる。社会に起きている問題が自分につながっているということを意識させるんです。

逆に、授業の内容を実生活に反映させるような取り組みもあります。環境問題について学んでいるクラスが食事のゴミの分別をしたり、国境なき医師団の募金活動に休暇を使って参加するボランティアを募ったり。そうすることで、自分が実際に人の役に立っているという感覚を経験させるんです。さらに自分のやったことが学校だけでなく外の社会にもつながっていると感じるような経験を、フォルケではできるんですよね。

フォルケは、学生が楽しんで学ぶとともに、ひとりの人間として、「どのように社会とかかわっていくか」を一番大事にしています。ただ能力があるだけではなく、いろいろな目線を持ち、社会的な要素を備えて世の中に出て、学んだことを社会に還元しなくてはなりません。だからどこのフォルケでも専門の授業だけではなく、アートやスポーツ、園芸などの選択科目を必ずとらないといけないし、外部からゲストを招いて社会の状況を学ぶ機会がたくさんあるんですよ。

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仕事を休んで生き方を考える場所

――大学よりも実生活に根付いた教育を目指して作られた学校なだけあって、今でもフォルケでの教育は一般的な大学教育とは大きく違いますよね。山本さんは今フォルケで働きながらその情報の日本への発信などもしていますが、デンマークに来た最初のきっかけは何だったんですか?

海外には昔から興味があって、大学時代にアメリカに留学したあと貿易会社に就職しました。だけど労働時間が長く、職場の雰囲気もしんどくて……。疑問に思いながらもなんとかやっていたんですが、3年半で限界が来たんです。そのときたまたま、千葉忠夫さんの『世界一幸福な国デンマークの暮らし方』という本でフォルケホイスコーレの存在を知って、雷が落ちたような衝撃を受けて。自分の中から湧き上がってくる探究心に従って学んでいくことが、本当の勉強だ」。その本にはそういうことが書かれていて、「フォルケに行けば自分もできるんじゃないか」「ここになら自分の居場所があるんじゃないか」と思いました。

最初に来たのは、Højskolen på Kalø(ホイスコーレ・カロエ)というフォルケでした。国立公園の中にある学校で、4か月間デンマーク語を中心に学びました。そのあとそこで仲良くなったデンマーク人の友人の家に住まわせてもらい、学校のキッチンで半年ほど働くことに。そしたら今度は校長に「先生をやらないか?」と誘われ、体育とアウトドアの先生を4か月間やることになりました。

その頃には「いつかフォルケのような学校を日本に作ろう」と決めていました。デンマークの人たちにとって、フォルケは人生の休息の場でもあるんです。普段やっていることから離れて、別のことに挑戦しながら何をやりたいか考えたりできる大事な場所。

自分がそうだったように、「自分の人生はこのままでいいのか」とか「仕事をずっと続けていていいのか」と、人生に迷っている人が日本にもたくさんいると思います。そういう人たちが一度仕事を休んで考えられるような場所を日本にも作りたかったんです。

それにデンマーク人だって完璧なわけではないから、彼らが日本に来て日本人の考え方から学ぶこともたくさんあるんじゃないかって。海外から注目される日本の文化に触れることはきっと価値があるはず。だから、日本にも似た学校があれば、日本人と外国人、双方にとってメリットがあると思うんです。

そう考えていたときに、同じ志を持っていた矢野拓洋さんが、「フォルケで教えている日本人がいる」という噂を聞きつけて会いに来てくれました。矢野さんは当時建築事務所に勤めながらデンマークの研究機関でも働いていて、そこでフォルケの存在を知ったそうで。IFAS(International Folk high school Administration Service)は日本にフォルケの情報を伝えるためにできた団体で、自分たちでデンマーク中のフォルケを実際に回ってそれぞれの学校の情報を集め、ホームページで発信しています。ほかにも1週間の短期サマースクールなどで、日本人にフォルケを実際に体験してもらっているんです。

 

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見える部分だけでは判断できないから

――たった1年で先生になるなんて、スピード感と行動力がすごいですね。今は先生をされていますが、学生として山本さん自身がフォルケで得た一番の学びは何ですか?

「自分は自分でいいんだ」ってことです。フォルケに限らずデンマーク人の考え方なのかもしれないけど、自分を認めることができるし、相手も認めてあげられる寛容さがフォルケにはあります。

能力が人それぞれ違うのは当然で、自分も相手も得意な部分と苦手な部分があっていい。日本にいたときにはそれを頭ではわかっていたようで、本当にはわかっていませんでした。ここではたとえば授業でスポーツをするにしても、結果よりもいかに楽しむかが重視される。苦手な人も交じって、皆で力を合わせて楽しむことに価値が置かれるんです。

考え方の違いにもすごく寛容で。フォルケの授業ではどんな意見や質問も、その人の考えとして大事にされます。育ってきた環境や文化が違う以上、考え方もそれぞれ違うのは当たり前。多少的外れに思われるような発言でも、先生はどういう思いがあって学生がそれを言ったのかを掘り下げて理解しようとすることが多いですね。間違った質問や、間違った意見なんてここにはありません。

デンマークでは犯罪を裁くときも、今のその人の行動だけを見てもダメで、彼が育った家庭環境や生い立ち、犯罪に至るまでの経緯を見ないとジャッジできないという考え方をしているんです。牢屋に閉じ込めても意味がないから、刑務所も自由で、外に出て行っていいようになっているようで。こういう考え方も、異文化の人との関わりから学んだんじゃないかと思います。

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習うより慣れろ?
デンマーク流の民主主義の学び方

――難民や体の不自由な人など、それぞれ育った環境が全然違う人がフォルケに集まっているから、自分の価値観だけでは測れない。背景を見ないとわかりあえないということはあると思います。

フォルケでは国も文化も政治的な考え方も全然違うような人たちが、同じ場所に住んで皆で一緒にご飯を食べます。しかも、そういう人たちが一緒に週末にイベントを企画したり、プロジェクトを進めるんです。こうやって団体にしか出せないダイナミックなものを生み出す経験ができるのもフォルケの良さだと思います。

僕が学んだ2つめのフォルケ、Testrup Højskole(テーストロップホイスコーレ)では、南米の貧しい地域の劇団に寄付をするためにオークションをするプロジェクトがありました。太極拳やダンス、有名人のモノマネなど、学生がそれぞれ自分の特技を生かしたワークショップを企画して、体験したいものを他の学生がセリで買うという仕組みです。委員会を作って、オークション当日にハンマーを打つ人や会計をする人などを決めて、全部学生たちで回していくんです。当日はみんなで講堂に集まってセリをしました。そうしたら全部で80万円くらい集まって、それを全て劇団に寄付しました。

もちろん学校によって内容は様々ですが、そんなプロジェクトがだいたいどこのフォルケにもいくつかあって、学校のなかで常に何かが動いているんです。自分たちで活動するうちに、学校の中に小さな社会ができていく。そこでの経験が将来、仕事をすることにも生かされていくんだと思います。

たとえ同じデンマーク出身でも、意見の違いや対立はおきます。でもそこで、自分と他人との考え方の違いを学びながら、協力して一つのものを作っていく。この国の人たちは、そうやって民主主義の考え方を学ぶんじゃないでしょうか。

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その方向で、あってますか?

――フォルケは、自分がどんな人間なのか考えられる場でもあると思うんです。これはなぜなんでしょうか?

授業で「あなたはどう思いますか?」と自分の価値観を聞かれることが多いのもあるけれど、違う国から来たいろんな人たちと一緒に授業を受けたり、食事をしたり遊んだりする中でたくさん話をして、自分のことを伝えて相手のことを知っていく。それだけでも自分がどういう人間かが浮かび上がってきます。自分と違うタイプの人たちが、自分と照らし合わす対象になってくれるんです。

それにフォルケはデンマークの中でも田舎にあることが多くて、自由な時間も多いから、落ち着いた環境の中で、改めて自分を見つめ直せる場所でもあります。リラックスしながら、それまでの自分とは少し距離をとって考えることができるんです。

生き方に正しい答えなんてないから、自分に合ったものを探して見つけていくしかない。いつ答えが見つかるかもわからないんです。でも自分がこれだって思う方向に進んでいけば、いつかたどり着くんじゃないかなと思います。

僕の好きな人に、30歳手前で脱サラして音楽を始めた、今はもう60歳ぐらいのおじさんがいるんです。よくギター片手にアメリカを旅したりしていて、それがドキュメンタリーにもなっているんだけど、その中で彼がよく言ってるんです。「人生やったもん勝ちやろ」って。

人生一度きり、それだけは確かなんです。自分が何をしたいのかわからない人や、今の社会や自分の置かれた状況に疑問を持っている人には、仕事を休んででも、一度ここに来てほしい。人生に迷ったら、きっとフォルケホイスコーレが助けになってくれて、進むべき道がどの方向にあるか、そのヒントを掴めると思うんです。