「日本のベーカリーとして新たな提案を」アンデルセン・デンマーク代表が挑戦の道中で見つけたもの


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日本でも多数の店舗を持つベーカリー、アンデルセン。デンマークの文化を日本に紹介するパン屋として始まり、現在はついにデンマークへの出店に挑戦している。その最前線に立つのが、デンマーク社長として活躍する豊島さんだ。「ただいいものを作っても売れない」と語る彼は、経営者としてデンマークで何を見て、どんな挑戦をしているのだろうか? 「経営」と「食」という視点から、社会やクリエイティビティの源泉に迫る。

 

teshima02豊島崇宜|Takanori Teshima

ANDERSEN DANMARK A/S 代表

2007年に海外事業部からデンマーク出店プロジェクト担当としてデンマークに単身派遣。同年11月に現地法人Andersen Danmarkを設立登記と同時に代表就任。現在は、首都コペンハーゲンに2店舗を経営。

アンデルセンは、お手本をデンマークとして、「the Bakery and more-パンからはじまる、ヒュッゲな暮らし。」というコンセプトを持つ、リテイルベーカリーチェーン。全国73店舗を展開。アンデルセングループ会社として、ホールセール事業、フランチャイズ事業、チョコレート事業など様々な事業を行う。

会社設立後に家族と現地で暮らす。3人の子供たちは現地校に通学。

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「ワーク」と「ライフ」
〝どちらか〟ではなく〝どちらも〟

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——コペンハーゲン中央駅の目の前、デンマークで一、二を争う最高の立地に、日本のベーカリーの「アンデルセン」。豊島さんはその代表をされていますが、日々どんなことを感じていますか?

経営者という立場上、もう本当にいたるところで日本との違いを感じますね。もうだいぶ慣れましたけど。

たとえば、デンマークの人たちは働く時間が本当に短いんですよ。福祉社会では労働者の権利が法律と労働組合で手厚く守られているから、ビジネスの習慣や労働環境が根本的に違っていて。

日本の常識で考えてしまっていた最初の頃は、その違いに正直イライラすることもありました。「スタッフが病気で休んでいるのに、なんで給料を払わなきゃいけないんだろう?」と。しかも当日の朝、急に(笑)。

だけど、時間はかかりましたが、今では逆に「こういうルールで回っている国なんだな」と受け入れ、いつも感心していますよ。

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左にアンデルセン、右にコペンハーゲン中央駅

——経営者という立場でありながら、一歩ひいて俯瞰できるようになったんですね。働く時間が短いのに、国際競争力が高くて、国民が日本よりはるかに豊かなのはすごいですよね。

それは本当に疑問ですよね。こういう社会の仕組みがあるから、みんな生活に不満がなくて、幸せな理由はわかる。だけど「そもそもなんでこんなに豊かなんだろう?」と。

市民が生活を重視する意識を持っているからじゃないかと、ぼくは思っています。ここチボリ店の職場でも、スタッフは全然休憩を取ろうとしないんですよ。日本のベーカリーだったら休憩を1時間は取るところを、こっちでは15分で済ます。それどころか、食べながら仕事をする人もいますね。フルタイムとしてオフィスで働く人でも、昼休みでも30分くらい。

「なんとしても早く帰りたいから、時間内に切り詰めて終わらせるぞ!」っていう集中力が凄まじいんですよ(笑)。残業に追われることの多い日本とは、生き方が根本的に違う。

デンマーク人は、そうやって「ワーク/仕事」と「ライフ/生活」のバランスを取ろうとすることで、仕事の生産性を高めています。その結果、自分の生活の時間も取れる。

社会システムだけではなく、市民一人ひとりの意識が高いという、その両輪が回っていることが、デンマーク人が幸福で、豊かな理由だと思います。

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アンデルセンは、なぜアンデルセンなのか?

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——実際にここで経営をされている豊島さんが言うととても説得力があります。そもそもアンデルセンはどういう経緯でこっちに出店することになったんですか?

アンデルセンの原点は、広島県にある「タカキベーカリー」というパン屋さんだったんです。そんなベーカリーがデンマークに出会ったのは、1959年に創業者が初めて欧米視察した際に、コペンハーゲンのホテルでペストリーに出会った時のこと。そこで初めて食べたおいしさにものすごく感動したそうで。

あと、創業者自身が、当時の第二次世界大戦後、焼け野原になった日本の状態と、敗戦から復興を遂げたデンマークを重ね合わせたんですよね。デンマークはドイツに負けて、ユトランド半島を奪われながらも、「外で失ったものはうちで取り返す」という精神で、国を発展させた。そういうこともあり、「このペストリーを日本に紹介したい!」と。

試行錯誤やシェフの招請などを経て、3年後にようやく本格的ペストリーの発売に至りました。その後、ベーカリーとレストランの複合店「アンデルセン」を開店。もちろん「アンデルセン」という名前は、デンマークのあの有名な童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンに由来します。約50年前のことで、日本で初めてパンのセルフサービス方式を導入したお店でした。

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——当時のデンマークと戦後の母国を重ね合わせたところに、その思いの強さがにじみ出ていますね。

もちろん僕たちはヨーロッパの本格的なパンを学び続けているんですが、やっぱりお手本はデンマークなんですよね。だから、シェフ同士の交流を長年続けているし、デンマークの食卓にかかわる文化も伝えようと、テーブルウェアなども積極的に取り扱っています。

だけど、ただデンマークの商品を紹介するにとどまりたくない。アンデルセンの根底には、この国の文化や価値観に心から共感できる、そして日本のためになるという創業期からの思いが変わることなくずっとあるんです。

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日本企業としてデンマークへ。
「創業者の挑戦の延長線上に」

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——ぼくもとにかくデンマークが好きになり、途中で日本と相性がいいことに気づいたので、とても共感します。豊島さんご自身はどういう経緯で、今のようなデンマークの代表になったんですか?

デンマークを日本に紹介する会社として、「次はデンマークに日本のパンを紹介したい」「いつかは腕試しをしてみたい」という思いが会社としてあったんですよね。でも、デンマークにパッとお店を出すわけにもいかず、長い間は足踏みしていました。

そんな時に、創業者が亡くなって。そこで、「創業60周年までには出店したい」という創業者の思いを受け継ぐ形で、ついにデンマークへの出店を踏み切ったんです。そして、そこに声がかかったのが、海外事業部にいた僕だったんですよね。

海外研修はしたことがあったものの、海外勤務はこれが初めて。デンマークでパン屋を始めるなんて、「サハラ砂漠で砂を売るようなものだ」ってよくまわりの人から言われましたね(笑)。

1号店を2008年にØsterbro(コペンハーゲン北東部)に出店して、2号店はチボリ(コペンハーゲン中央駅前)に、3号店と店舗の立ち上げに関わってきました。現在は、1号店を売却してしまったけれど、残りの2店舗の社長として働いています。もちろんレシピは日本から持ち込んできているんですが、デンマークでどうやってお店を作っていくかなど、ほとんどのことは全部僕に任されたので、試行錯誤を続けながら今日までやっています。

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良いものを作るだけでは売れない。

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——会社の挑戦の延長線上に、豊島さんがここにいるんですね。デンマーク人は自分の意見をいつもはっきり持っていますよね。日本とはまったく違うリーダーシップが必要なんじゃないでしょうか?

そうですね。実際にここでのビジネスも、ただ日本のレシピを渡して、この通り作ってくださいと言ってもうまくいかないし、まず売れませんね。

日本人は細かく丁寧に作るのに対して、デンマーク人は仕上がりの違いはあっても、生産性が高く、意見を出し合って作りあげていきます。そういうことをあまり意識していなかった当初は、コミュニケーションをさほど重視していなくて、僕は日本人的な発想で「いい商品を作ったら売れるだろう」と思っていたんですよね。

そんな時に、「こんなに時間をかけて作っていくらで売るの?」「もっと効率良く売れるものを作りたい」とスタッフが意見をくれて。会社としてすごく合理的だし、ちゃんと社長であるぼくにも伝えてくれたんですよね。

きれいに成形したパンを見て、「工場で作ったみたいだから少し変形できない?」って言われたこともあって。デンマーク人にしたら、機械で作ったような丁寧さより、むしろバラバラで手作り感があったほうが好まれるんですよね。

デンマークでは、人と合わせることより、「自分はどう思うのか?」ということが常に問われます。裏を返すと、他人の意見を聞き入れる素地もある。だからこそ、自分の意見を持った上で、ちゃんと主張しないと何も伝わらないんだと感じますね。

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ノルディックフードと
「ミニペストリー」の提案

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——「食」という観点から視ると、デンマークの食文化が飛躍した時期と、アンデルセンがこっちに来た時期は被りますよね。僕は、あらゆるクリエイティブは文化の蓄積の上に成り立つと思っているんですが、この国はその蓄積がない中で世界トップクラスの創造性を発揮しているこれはどういうことなんですか?

たしかに食文化の蓄積というと、フランスが典型だと思います。1970年頃に生まれた「ヌーベルキュイージュ」という名前が意味するように、文化を積み上げの上に、「新しい料理」を生み出していくのがフランスのやり方ですよね。日本も文化の蓄積が分厚いので、こっちのタイプだと思います。

それに対して、デンマークの起源はバイキングなので、もともと深い食文化があったわけではないですよね。ただ、デンマーク人は自分たちを再発見した。「この国には何もないんじゃなくて、本当はあるんだ」と。そして、それを発信しているのが、ここ10年くらいで生まれた「ニューノルディックフード」というトレンドですね。

その最前線に立っているのが、ここ数年間、何度も世界一のレストランに輝いている「noma」です。デンマーク国内や近くで取れる食材はけっして豊富ではないけど、それにこだわって、新たな価値に昇華させ、表現する。このクリエイティブなやり方は、僕らもいつもよく学ばせてもらっています。

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——文化の積み重ねというと、デンマークのパンの歴史もとても長いですよね。

そうですね。もともとデンマークでは貧しい人は黒パンしか食べられなかった歴史があって。一時は白いパンが流行った時期があったけど、近年はヘルシー志向が高まってきて、デンマーク人が昔から食べていたライ麦パンや全粒粉、オーガニックなパンが好まれる傾向がありますね。

実はデンマークってペストリーはけっこう保守的で、あんまり新しいものがないんですよ。その中で、ここで始めたのが「ミニペストリー」でした。「大きいペストリーを1つ食べるんじゃなくて、小さいものを何種類か楽しんで食べるのはどうですか?」という、僕たちなりの提案。

これを導入したのはアンデルセンが最初なんです。最近、ミニペストリーを出しているベーカリーが増えてきているのを見ると、僕たちもデンマークの食に少しは影響を与えられているのかなと思います。

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「日本」という価値。
独自性を見つけ、新たな表現をする

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——ミニペストリーは日本らしい提案だと思いました。「noma」も、日本の豊かな食文化に注目して、2015年には東京に出店。日本文化にも大きな可能性があるということですよね。

日本企業としてデンマークでやっているアンデルセンとしても、そう思っています。ここで使っているレシピも、日本で使っているものがほとんどです。もちろんデンマーク人の嗜好に合わせて随時調整はしていますけれど。ただ、クリームパンやメロンパンとか、日本特有のものはそのままのレシピで作っていますよ。

——そういえば、このお店に初めて来た時に驚いたのが、「原点は日本」というブランドを前面に押し出していることでした。

実は、最初の頃は日本のベーカリーであることを表に出していいなかったんですよ。そしたら逆に、「日本にはどんなパンがあるの?」とお客様の方から聞かれたり、社内でも「なんで会社の歴史を前に出さないの?」と意見が出てくるようになって。それで今こうなっているんですよ。

だけど、日本のパンは売れ行きが決していいわけじゃない(笑)。普段から店頭に置いているけど、特別なイベントの時に買ってくれるくらいですよ。

アンデルセンにとっての独自性は「日本のペストリー」だったので、それを表現しています。こうやってデンマーク人が意見をくれたり、試行錯誤する過程で、「自分たちのオリジナリティ何なんだ?」「それを表現する方法は?」と考えざるを得なかった。そして、それはノルディックフードの流れそのものでもあったんですよね。僕たちはこれからも、デンマーク人がそうであるように、日本のペストリーとしてのプライドを持って、ここで新たな提案を続けていきます。